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着物大事典
着物にはさまざまな柄がありますが、模様の一つひとつに意味が込められていることをご存知でしょうか。柄選びでは、彩りや華やかさといった見た目の美しさだけでなく、着用シーンにふさわしい意味を持った柄を選ぶことが大切です。
着物の柄は、おもに以下の5つの文様に分かれています。
植物文様
幾何学文様
動物文様
風景・自然文様
器物文様
ここでは、上記の各柄の特徴や、柄に込められた意味を解説します。通年着られる柄や季節ごとにおすすめの柄についても触れているため、着物の柄選びに迷っている方はぜひお役立てください。
着物の柄のなかで一番多く用いられているのが、植物文様です。日本の美しい四季の移ろいは、古くから着物の柄に取り入れられてきました。
以下で、おもな植物文様と各柄の意味を紹介します。
松竹梅は、忍耐や長寿、生命の誕生といった意味を持つ柄です。丸みのある松と梅、シャープな竹や笹の葉が一体となり、華やかで美しい印象を与えます。
古来中国では、清廉な文人の象徴として、冬でも緑が耐えない松と竹、寒い季節に美しい花を見せる梅を一つの柄としていました。日本では、松竹梅は室町時代から取り入れられるようになり、おめでたい吉祥文様として現代まで親しまれています。
なお、吉祥とは元来「幸福・繁栄・めでたいこと」を指す言葉です。
関連記事:着物文様【松】【松竹梅】【牡丹】【桐】【竹】【菊】【楓】【橘】
桜は、繁栄や豊かさ、豊穣といった意味を持つ柄です。春に芽吹きを迎えることから、物事のスタートに縁起が良い柄といわれています。日本では古くから親しまれており、着物をはじめ、あらゆる品で意匠化されてきました。
着物では、幾重にも重なる満開の桜や、流れるような桜吹雪、他の文様と組み合わせられたものなど、さまざまなパターンがあります。桜以外の四季の花と組み合わせられた柄の場合、季節を問わず通年着用できます。
椿は、高貴、神聖といった意味を持つ柄です。冬でも葉を落とさない椿は、古くから魔除けの力を持つ神聖な木と伝えられてきました。
晩秋から春まで長い期間にわたって花を咲かせる品種もあることから、椿柄の着物は冬の訪れから冬本番まで長く着用できます。大ぶりで可憐な椿柄は、どこかレトロで気高い印象を与えてくれます。
橘は、長寿や子孫繁栄といった意味を持つ柄です。葉の部分が長寿を、実の部分が子孫繁栄を表すといわれ、留袖や婚礼衣装などに多用されてきました。
日本にある文様の多くは古来中国より伝来したものですが、橘は日本に自生する植物(みかんの一種)を文様化したものです。
橘はかつて延命長寿の果実といわれ、日本では古くから吉祥の象徴とされてきました。
牡丹は、富貴や美しさといった意味を持つ柄です。花弁が幾重にもなるその華やかな花姿は「百花の王」と呼ばれ、日本では工芸品や染織物などに多く用いられてきました。
一般的に、牡丹の「丹」は赤を表し、赤い牡丹には長寿や不老不死の煎薬といった意味があるともいわれています。
牡丹は春に花を咲かせることから一般的に春の柄ですが、柄の組み合わせによっては通年着用でき、寒牡丹と藁囲いを合わせた柄は冬に着用されます。
葡萄は、子孫繁栄や豊穣といった意味を持つ柄です。一房にたくさんの実を付けることから豊穣の象徴とされ、蔦の部分には子孫繁栄の意味が込められています。
日本へは奈良時代に、西方から中国を経て伝来したといわれており、吉祥文様として礼装や帯の柄に用いられてきました。
葡萄の葉や蔦、実はいずれも曲線が美しく、唐草文様を主軸に描かれています。葡萄は秋に実を付けることから、葡萄柄のみの着物は秋の着用が好ましく、その他の文様と描かれている場合は通年着用できます。
紅葉は、長寿や世渡り上手といった意味を持つ柄です。季節ごとに葉の色を変え、見る人を喜ばせる紅葉は、まさに世渡り上手といえる植物です。
紅葉は秋を代表する柄ですが、他の柄と組み合わせられることも多く、紅葉以外の文様が混ざった着物は通年着用できるでしょう。代表的なものに、紅葉と桜が描かれた「桜風文」や、紅葉と鹿を描いた「鹿紅葉」、紅葉と流水を描いた「竜田川」などがあります。
唐草は、子孫繁栄や長寿といった意味を持つ吉祥文様です。強い生命力を持つ蔦草が絡み合うように描かれ、日本ではお祝い向けの着物に多く用いられています。
唐草文様は古代エジプトを起原に、シルクロードを渡って日本へ伝えられました。蔦を持たない松や菊、梅などの植物と組み合わせられることも多く、瑞鳥(鳳凰)と唐草を組み合わせた柄は「瑞鳥唐草」と呼ばれます。
幾何学文様とは、1種類の文様を規則的に繰り返した柄のことで、連続文様とも呼ばれています。
一見、規則正しい図柄のようですが、なかには籠や石畳など実在するものに見立てられた文様もあり、同じ幾何学文様でも着物によって趣向が異なります。
着物の柄として用いられるおもな幾何学文様と各柄の意味を、以下で紹介します。
亀甲は、長寿を願うといった意味を持つ吉祥文様で、おもに乳児の長寿を願ってお宮参りの着物に用いられます。ぴったりとつなげられた六角形が亀の甲羅に似ていることから、この名が付けられました。また、縁結びの文様と呼ばれることもあります。
六角形をベースに柄のアレンジがしやすい亀甲には、六角形を二重にした「子持ち亀甲」や、亀甲を変形させてつなげた「六つ結び亀甲」など、さまざまなバリエーションがあります。
七宝は、円満や繁栄、調和を願うといった意味を持つ柄です。七宝とは、仏教における宝(金、銀、瑠璃、玻璃、メノウ、しゃこ、珊瑚)のことで、円(縁)には七宝と同等の価値があると考えられています。
始まりや終わりのない円は連鎖や拡大を意味し、古くから吉祥文様として親しまれてきました。
均一サイズの輪を重ねて描かれることから「輪違い」や「七宝つなぎ」とも呼ばれ、七宝の中心に花菱が描かれたものは「七宝花菱文」と呼ばれています。
市松は、繫栄の意味を持つ柄です。二色の正方形が交互に並び、途切れることがないため無限の繁栄といった意味も込められています。
その見た目から、かつては「石畳」や「あられ」とも呼ばれていましたが、江戸時代の歌舞伎役者である佐野川市松が舞台の袴にこの模様を取り入れると、たちまち市松模様と呼ばれるようになりました。
青海波は、幸福や平和が永く続くように、といった意味を持つ吉祥文様です。三重の半円をつなげて波を表し、穏やかな暮らしが落ち着いた波のように末永く続くよう願いが込められています。
古代ペルシャ発祥といわれており、日本では四季の花や松、雪輪などさまざまな文様と組み合わせて表現されています。
籠目は、厄除けや魔除けといった意味を持つ柄です。竹籠の網目を表した文様が六芒星に見えることから、悪いものを払う意味があるとされています。
江戸時代には、籠目は鬼が苦手な文様として知られ、浴衣などに用いられていました。
籠目柄の着物は通年着用できますが、水鳥や柳など、水辺の景色や柄が組み合わされているものは、夏に適しています。
麻の葉は、子どもの成長を願う、魔除けといった意味を持つ柄です。麻の葉に似た柄を連ねていることから名付けられました。
麻の葉は速いスピードでまっすぐ生長する特徴があるため、麻の葉文様には子どもの成長を願う意味が込められています。かつての風習では、新生児の産着や祭事で用いられていました。
農耕文化の日本では、牧畜文化の国に比べると、動物文様の種類は多くありません。しかし、古くから親しまれた動物や中国から伝来した生き物など、いくつかの動物は文様として着物に取り入れられています。
以下で、動物文様の特徴や各柄の意味を紹介します。
鶴は、夫婦円満や長寿といった意味を持つ吉祥文様です。つがいとなった二羽の鶴は一生を添い遂げる習性があることから夫婦円満の象徴であり、「鶴は千年」といった古くからの言葉にあるように長寿の象徴にもなっています。
見た目にも華やかな鶴の柄は、松竹梅など他の吉祥文様と組み合わせられることが多く、結婚式の色打掛などに多く用いられています。
兎は、長寿や子孫繁栄、飛躍など、多くの意味を持つ柄です。一説によると、日本では平安時代からすでに兎は縁起物として大切にされていました。
「月に兎の模様が見える」という表現は、日本だけでなく中国でも使われますが、中国では月で兎が不老長寿の薬を作るといわれていることから、長寿の象徴です。
また、高い繁殖能力がある兎は、子孫繁栄や豊穣の象徴でもあります。このほかにも、兎の柄には以下のような意味が込められています。
跳びはねて移動する習性から、飛躍を願うといった意味
坂を速く登れることから物事をスムーズに進めるといった意味
月に兎の模様が見えることからツキを呼ぶといった意味
蝶は、不死や立身出世、夫婦円満といった意味を持つ吉祥文様です。着物には虫類の文様はほとんど見られませんが、蝶は古くから親しまれる柄で、普段着や礼装などさまざまな着物に用いられてきました。
青虫からサナギ、サナギから蝶へと姿を変えることから、不死や立身出世の意味が込められています。産卵期には、雄と雌が仲の良い姿を見せることから、夫婦円満の意味も持つ華やかな文様です。
鳳凰は、平和や祝福、高貴といった意味を持つ代表的な吉祥文様です。鳳凰は中国神話に登場する架空の生き物で、伝説の鳥や霊長として知られています。
言い伝えでは、天下奉平の際(平和で幸せな世界となるとき)に現れると伝えられ、鶴と同様に大切にされてきました。
日本ではおもに、正倉院の宝(工芸品、染物など)のデザインに用いられています。気高く華やかな見た目と意味合いから、慶事にふさわしい柄といえます。
着物の柄には、自然風景をモチーフにした自然文様もあります。自然文様では、海・山・川などの自然で見られる景観の一部が表現されていて、他の文様と組み合わされることも多くあります。
おもな風景・自然文様と各柄の意味を、以下で紹介します。
流水は、魔除けや火除け、清らかさといった意味を持つ柄です。なめらかな曲線が重ねられ、流れる水や小川の曲がりくねった水路などが文様化されています。
流水に、桜や紅葉といった四季の草花が描かれている場合は通念着用できますが、単独で描かれている場合は夏に着用しましょう。
また、流水とよく似た柄に渦を巻いた水模様の「観世水」があり、この柄には常に変わり続ける無限の様を表し、未来永久の意味があります。
瑞雲は、縁起が良いことの前兆といった意味を持つ柄です。かつて、「雲」は仙人が乗るものと信じられており、天へつながることから神聖な意味合いもあったようです。
また、雲は雨を降らすことから実りと豊穣を表し、吉祥文様の一つとされています。平安時代以降の有職(ゆうそく)文様にも用いられ、縁起の良い柄として公家の装束や調度品にも取り入れられてきました。
雲をモチーフとした似た文様には、永遠を意味する「エ霞」や、輪廻転生を意味する「雲取り」などもあります。
雪輪は、豊作や豊穣といった意味を持つ吉祥文様です。雪解け水を表す柄であることから、豊作や豊穣の象徴とされてきました。
雪の結晶の輪郭が円形に描かれており、円の内側に他の文様を入れたり、雪輪を区切りにしたりとデザインのバリエーションが豊富です。
雪輪には儚さや謙虚さといった意味も込められているため、雪輪柄の着物は冬だけではなく、通念着用できます。
雲取りは、輪廻転生や運気上昇といった意味を持つ吉祥文様です。雲が風でなびく情景を描いた文様で、輪郭内にさまざまな文様があしらわれたデザインが一般的です。
雲は、形を変えたり、天候を左右したりと、人知のおよばない存在として古くから特別な力があるものと考えられてきました。
空を自由自在に流れ、突如として沸き立つ姿から、悠々自適な暮らしへの願いといった意味も込められています。
着物では、文様を区切る役割で用いられることが多く、デザインにメリハリや立体感を生み出します。
身の回りの生活用品や道具類をモチーフに文様化した柄を、器物文様といいます。器物文様のなかでも、平安時代の宮廷人に親しまれた道具の文様は、王朝文様と呼ばれています。器物文様は、他の文様と組み合わせられることも珍しくありません。
以下で、おもな器物文様の特徴と各柄の意味を紹介します。
扇面は、繁栄や開運、発展といった意味を持つ柄です。末広がりの形状である扇は、古くから縁起物と考えられ、結婚式や七五三などの晴れ着の身頃や帯の柄に取り入れられてきました。
一般的に、扇面には草花など彩りのある文様が合わせられます。骨組みを描かないものや、飾り紐として房や熨斗が合わせられたものなど、デザインにはさまざまなバリエーションがあります。
熨斗文は、おめでたい意味を持つ吉祥文様です。薄く切ったアワビを平らにして乾燥させた「熨斗鮑」が祝儀に用いられたことから、熨斗にはお祝いの意味が込められるようになりました。
熨斗文の熨斗には草花をはじめとする華やかな文様が描かれ、おもに晴れ着や振袖などの礼装に用いられています。
熨斗をいくつも重ねた熨斗文は「束ね熨斗」、左右の熨斗が跳ね上がった熨斗文は「あばれ熨斗」とも呼ばれ、いずれも通念の着用が可能です。
手毬は、家庭円満や良縁といった意味を持つ柄です。丸みを帯びた形状には円満な家庭を築くといった願いが込められ、製作に使用される長い糸には縁結びの意味も込められています。
一部の地方では、生まれたばかりの女の子の魔除けに鞠を送ったり、嫁ぐ娘のお守りに手毬柄の着物を持たせたりする風習もあります。
丸みがあり愛らしい見た目から、何事も丸く収まるようにといった意味や、子どもが健康に育つようにといった親の願いなどが込められてきました。
貝桶は、永遠の契りや夫婦円満といった意味を持つ柄です。
貝桶とは、「貝合わせ」という平安時代の宮中の遊びに使用された入れ物のことです。貝合わせは二枚一組で対になる貝を探し当てる遊びで、対になる貝以外は噛み合いません。
こうしたことから、かつて貝桶は嫁入り道具の一つとされ、文様としての貝桶は貞操や結婚を象徴としてきました。
着物では、貝桶の中や周りに草花をはじめとする文様が合わせられ、華やかにデザインされます。おもに礼装の着物や帯に用いられ、ひな祭り行事で着用されることもあります。
着物の柄には、お祝いや円満などさまざまな意味が込められているため、デザインだけでなく、冠婚葬祭などの着用シーンに合わせた柄を選ぶことをおすすめします。
着物の着用シーンごとに適した柄には、以下のようなものがあります。
着用シーン |
おもな式典 |
適した柄 |
冠 |
成人式 |
長寿、繁栄などを意味する縁起の良い吉祥文様 (松竹梅、桜、橘、桐、薔薇、藤、亀甲、麻の葉、七宝、鶴、蝶、青海波、雪輪、矢羽根、扇面、糸巻き、御所車、手毬 など) |
婚 |
結婚式 |
縁起が良く格式高い吉祥文様や有職文様、古典柄など (松竹梅、鶴、亀、おしどり、貝桶、亀甲、菱文、牡丹、梅、鳳凰、御所車 など) |
葬 |
葬式 |
無地や江戸小紋、武蔵野文、千鳥文など(弔事の種類によって異なる) |
祭 |
祭礼、季節行事など |
吉祥文様や厄除け・魔除けを意味する文様 (松竹梅、七宝、麻の葉、鶴、亀、鷹、虎、瑞雲、扇面 など) |
着物シーンごとの柄選びについては、着物の格のように細かな決まりはありません。
しかし、1種類の柄が単体で描かれた着物については、不吉なイメージを連想させる場合があるため、祝いの席などで着用しないよう注意してください。
<単体の柄で不吉なイメージを持たれやすい柄>
散るイメージが強い桜
散ってこぼれる梅
下がることをイメージさせる下り藤
花が頭から落ちる椿
浮気や黄泉の国の使いといった意味合いを持つ蝶
ただし、複数の柄や文様との組み合わせであれば、上記の柄を祝いの席で着用しても問題ありません。
このほか、季節感のある柄は実際よりも1ヵ月ほど季節を先取りして着用するようにしましょう。
季節ごとにおすすめの着物の柄には、以下のようなものがあります。
季節 |
時期 |
おすすめの着物の柄 |
通年 |
- |
唐草、扇、熨斗、雲、鳳凰、亀甲 など |
春 |
3月、4月、5月 |
桜、牡丹、蝶、竹、霞、燕 など |
夏 |
6月、7月、8月 |
鉄線、朝顔、麻の葉、紫陽花、蜻蛉、千鳥 など |
秋 |
9月、10月、11月 |
兎、葡萄、菊、稲、紅葉、竜田川 など |
冬 |
12月、1月、2月 |
椿、雪、水仙、梅、蘭、松葉 など |
着物の柄には、古くから親しまれてきた植物や動物、風景などがあり、さまざまな文様が組み合わせられます。晴れの日をお気に入りの一着で迎えられるように、着用シーンに合った意味合いの柄を選んでみてはいかがでしょうか。
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「デザインとしての美しさ、ユニークさを表現した文字の模様」
平安時代に始まる絵画様式のひとつに、「葦手絵」というものがありますが、これは風景や物語の場面などを描いた絵の中に、画題と関連する詩歌や物語、経文の文字を隠すように配したもので、鑑賞者はこれを見つけ、絵としての美しさと謎解きの両方を楽しみます。そこに見られる文字及びその書体を「葦手」といい、文字をモチーフとする工芸意匠は、まず鎌倉時代に漆工や金工に現れました。
染織物に文字模様が見られるようになったのは、これらよりはるかに後の江戸時代初期でした。やがて十七世紀末以降、詩歌の一部または全部を漢字や平仮名、あるいは片仮名で表し、これを散らした意匠が小袖に大流行しました。
ただし、文字だけが配されることはまれで、多くは詩歌の内容を暗示する具体的なモチーフとともにきものの肩や袖、胸に散らされました。それは見るものに着る人の文学的教養を誇示すると同時に、意匠としての文字の美しさ、面白さをも見せようとするものになりました。
主題とされる詩歌は、その初期においては漢詩の割合が大きく、次第に和歌の割合が増して、やがて十八世紀の後半から十九世紀にかけてほとんどが和歌になっていきました。
文字模様には、これらとは別に、文字を具体的なモチーフの代わりとして表現するものもあります。かすみ網の上に「鳥」の字を散らして、網にかかった鳥を表した模様などはその典型です。これらは十七世紀から十八世紀にかけての町人女性たちの小袖に多く見られました。
「「粋」の美意識の象徴、町人好みの縞・格子模様」
江戸時代後期の町方のファッションを語るとき、裾模様や小紋とともに、忘れてはならないのが、きものの縞と格子の模様です。当時の縞や格子の流行は、いわゆる「粋」の美意識を意識する町人の好みを、強く反映して生じたものであると考えられています。
「しま」(縞)という言葉の由来については、江戸時代後期の有識故実書『貞丈雑記』(伊勢貞丈著・天保十四年〈一八四三〉)に、この模様がはじめ南方の島で織り出されたため、そう呼ばれたという説が記されています。「しま(島)」に代わって「縞」の字が当てられるようになった経緯は判然としていません。ですが、この頃に「しま」という言葉が竪縞、横縞、格子の総称として認識されていたことは明らかになっています。
江戸時代の前期から中期にかけて、男性の衣服には縞がわずかに見られるものの、女性の衣服では草花や器物をモチーフとする模様が主流になっていました。中期の後半になると、武家女性や富裕な町人女性が引き続きこうした模様を使用したのに対し、中流の町人女性や庶民の間では、縞や格子が流行しました。
そのきっかけは、茶道の世界で名物裂として珍重された舶来の縞織物です。名物裂のうち、「間道」「漢東」「広東」などと記され、「かんとう」と呼ばれたものは、縞・格子模様を織った絹や木綿の織物で、その多くが竪縞になっていました。
江戸時代には、縞の流行とともにさまざまな縞・格子裂が輸入されましたが、やがて需要が増大し、これらが国産化されるようになりました。
日本各地で縞織物の生産が始まると、その太さや配列・配色に自分の好みを反映させて、きものや装身具に用いました。
縞、特に竪縞をいち早くきものに取り入れたのは、当時流行の先端を行く遊女や役者たちであったといわれています。しかし、主に木綿を素材とするこの時代の縞・格子のきものは、絹地で高価な模様染のきものとは異なり、一般の女性たちにとって容易に入手できるものでしたので、竪縞はあっという間に彼女たちの間へ広がっていきました。こうして縞と格子は染織品、特にきものの模様として重要な存在となり、その美意識は現在まで受け継がれていきました。
「束帯や十二単から織り出された模様~平安時代の公家好み、有職模様~」
有職故実の「有職(ゆうそく)」という言葉は、「有識(ゆうしき)」の「識」が「職」に変わったものである、といわれています。「有識」とは文字どおり「知識」のあること、もしくは博識であることをいいます。中世においては、和漢の歴史や故事一般、あるいは公家生活における儀式や作法、服飾・調度についての「知識を有する」ことを意味しました。
社会が固定化し沈滞していた平安時代中期には、こうした知識の中でも特に叙任・典礼・儀式等について精通していることが、生活の中で重要性を持っていました。そうした状況のなかで、「知識」の「識」の代わりに「官職」の「職」を当て、「有職」と記されるようになったといわれています。
それでは「有職模様」とはどのようなものを指すのでしょうか。前記の経緯から、広義に、公家の生活の中で用いられた模様全般を指すこともありますが、その中でも、織りで表された模様を指す場合が一般的になっています。またその伝統的な意匠を染めや刺繍などで表したものもこれに含められます。
最も古典的な有職模様は、公家男子の束帯の袍や下襲・袙・単・表袴・冠などに見られる綾や紗の織り文、公家女子の女房装束(十二単)の唐衣・表着・袿・単などに見られる浮織物や綾の織り文でしょう。これら公家服飾における有職模様は、着る人の位階によって使用制限や家によっての違いがあり、また装束の種類ごとに慣用される模様を変えていました。
「外国の伝統意匠、コプト模様・インカ模様」
世界の古代染織の代表といえば、エジプトのコプト織と南米ペルーのインカ織があげられます。
コプト織はエジプトの初期キリスト教徒であるコプト人によって、三世紀頃から一二、三世紀頃にわたって作られたものです。またインカ織は南アメリカのアンデス山脈の西側にあるペルー、北にあるエクアドル、南にあるボリビア一帯の古代文明の地で織られていたものです。ただしこれらは、インカ帝国(十五世紀に成立)が成立する以前に誕生していたものであることから、「プレ・インカの染織」と呼ばれていました。
この二種類の染織品はいくつか共通点をもっています。まず、染織品のほとんどが当時の墳墓から発見され、また王侯貴族のものではなく、一般の人々が使用していたものと推測されることです。これらは衣料品のほか、壁掛けやカーテン、毛布、枕、袋などに使用されていました。現在残っているものは断片が多いのですが、衣類などはほぼ完形を残しているものもあり、当時の人々が貫頭衣を着ていたこともここからわかります。
模様の特徴としては、コプトは裸像の人物図や舞踏図、ギリシャ神話をもとにしたもの、鳩や魚、十字などのキリスト教で表現されたモチーフなど多種多様になっています。一方、インカの模様は多くが幾何学模様ですが、動物や植物を表したものもあります。どちらも色彩は鮮やかで、初期には赤紫や褐色が目立ちますが、やがて黄、緑、藍など色数が増えて、賑やかになっていきました。
これらのコプトやインカの染織は、私たち日本人にとっても魅力的で、昭和の初期にはこれらをモチーフにしたきものや帯が作られています。日本にはない独特の雰囲気が新鮮で、きものの楽しみを広げてくれました。
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